Josef Oboe Home >
   

 

聖路加国際病院礼拝堂でのコンサート報告とヨーゼフの楽器の効能について

日時:2002年3月4日(月) 19:00 開演   会場:聖路加国際病院礼拝堂

 

2002年3月30日 鈴木久仁夫

 

・演奏曲目
F.クープラン「オーボエとチェンバロのための 王宮の合奏曲 第7番」J.S.バッハ「イギリス組曲第3番 ト短調 BWV808」A.ヴィヴァルディ「オーボエとチェンバロのための ソナタ ト短調」、他

 

・出演者プロフィール
◇ステファン・パール(Ob.)

1974年パリ国立高等音楽院オーボエ科入学、ピエール・ピエルロのクラスを首席で卒業。1977年よりフランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団オーボエ、イングリッシュホルン奏者。クラマー音楽院でオーボエの指導にあたる。1998年よりヨーゼフ社製オーボエを愛用し、その研究開発にも助言を与えている。
◇フランソワーズ・マルマン(Cemb.)
1984年ミュンヘン国際コンクール優勝。パリ国立高等音楽院チェンバロ科、室内楽科、通奏低音科を最優秀で卒業。
アンジェ国立音楽院チェンバロ科教授。1990年パリ国立高等音楽院のチェンバロ即興、レパートリー研究の教授にも任命される。

 

 

カテドラルの中のヨーゼフの響き

 

 今回の演奏会でまず最初に印象深かったのは会場です。カテドラルの中の演奏会は欧米に行きなれている人には珍しくはないのでしょうが、私にとってはこうした場所でのコンサートは初めてのことだったので、とても新鮮な経験でした。驚いたのは、音が正面からだけでなく、とんがった高い天井の上からも降ってくることです。私が座っていたのは最前列から二番目でしたが、すぐ目の前の奏者の音が上からも響いてきます。カテドラルの中の演奏は、天使の声が聞こえてくるように上からやって来るというのは読んだことはありましたが、実際に体験したのは初めてで、私のようなレベルの音楽愛好家には日本ではなかなか体験できないこうした場所をわざわざ見つけて演奏会を開いてくださったヨーゼフ社長の仲村さんの見識に改めて敬服しました。
 愛
用者の皆さんにはご承知のとおり、ヨーゼフの楽器はつややかで深い音色と、伸びやかで幅の広い表現力を持っていますが、その特徴がこの会場ではとてもよく生かされていました。前から、そして上からのヨーゼフの響きに、文字通り包みこまれる感動を味わうことができました。

 

 

マルマンさんのチェンバロ

 

 当日の使用楽器はヨーゼフの東松山のアトリエのご近所にある堀洋琴工房製です。華やかさと同時にしっとりとした深い落ち着きのある響きを持った楽器で、ヨーゼフの楽器によく合います。
 お弾きになった曲はすべて感動的でしたが、とりわけすばらしかったのはバッハの「イギリス組曲」でした。最初のひとタッチからして違いました。いきなりこちらの心の深い部分、つまり魂にまでじかに伝わってくる演奏なのです。
 一流の作曲家は(作曲家だけでなく画家も彫刻家も)皆その作品で音楽を越えたもの、人間の魂に直接触れてくるものを表現しようとしますが、深い精神性を持ったバッハの場合は特にそれが強いです。バッハが好きで作品をひととおりきいた人がバッハの代表作を一つか二つあげてくださいと頼まれたら、おそらくほとんどの人が、「ロ短調ミサ」や「マタイ受難曲」を選ぶと思います。そこでは音楽が歌詞と結びついていて、聴く人自身の魂だけでなく人間全体の魂の救済をいかにして実現するかという問題が宗教性という形になって聴く人の心に迫ってきます。
 それでは、この曲のように歌詞を持たない器楽曲の場合はどうでしょうか。ここでも私は同じものが表現されていると思います。私は国文学を専門にしていますので、その立場から解説させていただきますが、ここで言う「魂の問題」と言うのは本来、言葉で最も表現しにくい領域なのです。つまり歌詞があったからといって表現できるものではないですし、さらに小説や評論という形をとったからといって表現できるというものでもないのです。もちろん、それを実現できた作品もあって、それが文学史に傑作として登録されていることになります。たとえば古典では『とりかへばやものがたり』や能の『松風』、近代の作品では志賀直哉の『暗夜行路』などがそれにあたります。ぜひお読み下さい。決して取り付きやすい作品ではありませんが、それはバッハも同じです。
 バッハの作品はそれだけ深い内容を持っていますが、それなら、バッハの作品を弾きさえすれば誰でもそうした深い内容を表現できるというわけではもちろんありません。しかし、根気強い研究と修練でバッハが表したかったものに少しでも近付いていくことは可能でしょう。私のようなアマチュアでもバッハの練習に深い喜びを感じることができるのはそのためです。そうしたとき、ヨーゼフの楽器は作品の素晴らしさを本当に自由自在に引き出してくれます。
 さてマルマンさんの演奏ですが、私が実感というより体感することができたのは、周到な訓練と緻密な作品分析が積み重ねられた結果、どれだけ巨大な感動がバッハから引き出せるかという事実です。一つ一つのタッチ、フレージング、和音の積み重ね、それらのすべてに深い意味を感じ取ることのできる演奏でした。
 会場の聖路加病院の名誉院長の日野原重明さんは、末期医療やホスピス、つまり治すための医療でなく、治療の困難な患者さんに残された生命をその人にとって意義あるものにしていくにはどんなケアが必要かを考える、まさしくこれは魂の問題ですが、その分野の医療の世界的な権威です。また宗教や魂の問題で近年最も忌まわしい事件だったオウムの事件の際にテロの被害者の救援と治療で獅子奮迅ともいえる中核的な働きをしたのがまさにこの聖路加病院の医師団と医療スタッフでした。
 マルマンさんの演奏を聴きながらこうしたことも私は考えていました。陶酔してわれを忘れると言う演奏でなく、聴く人を考え事に誘うタイプの演奏でした。

 

 

パールさんのオーボエ

 

 使用楽器はヨーゼフのMGF2です。これは私が使っているのと同じモデルですので、どんな演奏でこのモデルの良さを引き出してくださるかが、とても楽しみでした。
 仲村さんは演奏会の帰りにパールさんの演奏を評して「典型的な二番吹きのソロですね。」とおっしゃいました。パールさんはフランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団でセカンドを担当されています。つまり、ファースト吹きのように自分の感動を堂々と押し出していくのではなくて、曲を良く知り、あくまでも曲の中の自分の役割を考えた上で計画的に吹く演奏だということです。私がこのサイトに御報告しておいた「トーマス・ローデ公開レッスンメモ」の中でローデさんは「頭でなく心と腹でふけ」とおっしゃっていますが、それとは違う吹き方です。周到な理解の上にたって計画的に吹け、心と腹も大切だが頭で吹け、という演奏スタイルです。
 演奏された曲の中で印象に残ったのはC.P.E.バッハのソナタとヴィヴァルディのソナタです。この二つの曲ではパールさんの演奏スタイルの二つの表れ方を楽しむことができました。
 C.P.E.バッハの世代はすでに父親のJ.S.バッハのような調和と秩序の支配する対位法の世界の住人ではありません。音楽は完全に前期ロマン派の響きに変貌しています。ロマン的な歌が曲の中からあふれるように自然に流れ出してきます。しかし、その中でもパールさんは知的な厳格さを全く崩しません。その結果、この演奏では、ロマンティックではあっても、明るいロマンの響きでなく、厳しさの中で朗々とした歌が聴こえてくる音楽、きびきびしていると同時に伸びやかさのある音楽が表現されていました。
 ヴィヴァルディのこのソナタはヨーロッパの伝統的な舞曲の正確を色濃く残しています。第四楽章などは軽快な舞曲のジーグそのものです。ですから、舞曲が本来持っている躍動感にいったんのせてしまえば、その調子で吹ききってしまってもかまわない曲なのかもしれません。しかしパールさんは分析的で考え抜かれた吹き方を最後まで維持しました。演奏の隅々まで良く考えられ、工夫されていました。ですから、次に来るフレーズがどんなアーティキュレーションで表現されるかをわくわく期待しながら楽しむことができました。フレーズが一小節単位で細かく考え抜かれて工夫されています。次から次へ、ああ、こうして吹くのだな、と感心して聴いているうちに曲がぐんぐん展開していきます。ご存じのとおりバロック音楽では二番目の繰り返しで華麗な即興が入ります。そこで奏者の力こぶが、ぐぐいと入りだします。その個所にさしかかると、ほとんどスリリングな興奮を覚えることができました。パールさんのこの曲の演奏ではきちんと管理されたイタリアバロックの秩序の中で知的なアーティキュレーションがきらきらと躍動していました。
 知的な演奏スタイルでは伴奏のマルマンさんの演奏も全く同じです。バロックの演奏ではチェンバロの右手の奏法は演奏者に一任されます。パールさんの考え抜かれた即興にマルマンさんのチェンバロの右手が宝石の装飾のようにちりばめられていきます。二人の演奏が絡み合い、対立し、溶け合う変幻自在の妙を聞く楽しさと言ったら、もう、ほとんど法悦と言っていいものでした。
 実に楽しい演奏会でした。

 

 

ヨーゼフの楽器の顕著な効能について

 

 バッハをヨーゼフで吹く楽しさについて少し触れました。私は2月にヨーゼフで新しく開発したてのモデルのイングリッシュホルンを試奏することができました。そのとき仲村さんはバッハのイ長調の協奏曲の第二楽章(仲村さんのお気に入りの曲です)を吹きながら、「この楽章の音楽をのびのびと表現できる楽器を目指しました。」とうれしそうに話してくれました。さてこのモデルを使ってバッハを吹いてみると本当に楽しくて楽しくて、知らない間に時が立ち、イングリッシュホルンはオーボエよりも大きく息を使う楽器ですから、というよりこのモデルが素晴らしく伸びやかに響く楽器なので知らず知らず大きく息を引き出されて肺をたっぷり使ってしまい、体が熱くなって汗がたくさん吹き出てきました。
 私はその二週間前にひいた悪質なインフルエンザの後遺症で体が冷えてせきが止まらなくて苦しんでいたのですが、それがかなり良くなってしまいました。苦くて冷たかったビールの味がさわやかでおいしく感じられるようになりました。
 巷(ちまた)では「癒し系音楽」という言葉が流行っていますが、「このモデルのイングリッシュホルンを使うと血の巡りが良くなって風邪が治ります。脳の血流も改善されてボケにも効くかもしれません。」という宣伝文句をつけたら医療関係にも売れるかもしれないね、とヨーゼフのスタッフたちと大笑いしました。私はそうした効能はおそらくありえるとまじめに考えています。息を大きく使えて循環器系に活を入れられるし、音楽の感動で脳が生き生きと刺激されますからね。
 さて、パールさんの楽器ですが、倍音が豊かで高音の伸びのいい、オーケストラのファーストやソロに向いたモデルのMGF2を使われています。パールさんはファースト吹きとは正反対の音楽作りをしますから、本来このモデルとは合わないはずなのに実際はその正反対です。このモデルは本来の適性とは正反対のパールさんの音楽の理想を一層美しく表現していました。
 面白いことにヨーゼフの強力な支持者の一人のトーマス・ローデさんは典型的なファースト吹きのソリストなのにもかかわらず、MGFの流麗な表現力とは別の方向の、木の柔らかな響きを追求したCGF2クレメントモデルをお使いになっていることです。ヴェルクシュタット・ヨーゼフでローデさんがこの楽器で演奏されたリヒャルト・シュトラウスのコンチェルトのCDを聴きましたが、それはもう見事なものでした。木の響きがローデさんの輝かしさに深さと落ち着きを与えていて、その結果ローデさんの音楽の世界が広がっています。今のところ一般への発売の予定はないのが残念ですが、なんとか売りに出して欲しいものだと思います。一刻も早い一般発売が待たれます。
 ここまで書けば「ヨーゼフ楽器の顕著な効能について」はもうお分かりになると思います。
 つまりヨーゼフの楽器は私たちの中にある可能性を広げてくれるのです。ファースト吹きタイプの人はMGFを使えば自分の演奏タイプをさらに伸ばせますし、CGFを使えば自分と反対の領域を開拓できます。同時に自分の演奏をMGFとは違った仕方で豊かにしてくれます。セカンド吹きタイプの人にも同じことが言えます。私たちの今の能力をのばしてくれるだけでなく、私たち自身が本来の姿とは正反対のものと考えて無視しているか、あるいは気づかずにいる大きな可能性を目覚めさせてくれるのです。
 つまり、ヨーゼフの楽器は私たちが音楽の中で新しい自分の音楽性を発見し、そして今の自分の能力をより美しく開花させる手助けになってくれるのです。
 ここまで考えるとヨーゼフの使用者がプロかアマチュアかはもはや問題にならなくなります。ヨーゼフの楽器は音楽とオーボエを愛する人すべてに最も信頼できるパートナーになってくれるということなのです。

 

 


●インタビュー ●トーマス・ローデ公開レッスンメモ

聖路加国際病院礼拝堂でのコンサート報告とヨーゼフの楽器の効能について ●写真絵日記2002フランス

●インタビュー(ヘンリック・ヴァールグレン氏)NEW!

 

このページのTOPへ

 

   
Josef Oboe Home >

Copyright 2003 Josef Tokyo